ポルコの部屋

ポルコの部屋

「生産性」が大好きな大学生ブロガー。趣味はQOLを向上させること

蓄音機そして電球に並ぶ世界の大発明「冷たさ」

f:id:porcorporationing:20190325003526j:plain


 身の回りに目を向ければいろんなところに「冷たさ」が転がっています。

 

例えばエアコン

 

エアコンがあるおかげで私たちは暑い夏も快適に過ごせるし、寒い冬だって暖かく過ごせます。

 

例えばアイス

これも「冷たさ」がなければ食すことはおろか、拝むことすらかないません。

 

と、そんな私たちの身近にある「冷たさ」

この「冷たさ」っていったいどんな歴史をたどってきたんだろう・・・

そう思いませんか?

 

というわけで今回の記事では「冷たさの歴史」とそれらが世界にもたらした影響について少しお話ししようと思います。

 

冷たさの歴史p.1「北米の氷」

 「冷たさ」の歴史は北米の氷に始まります。実に19世紀のお話です。

 

みなさんご存知かと思いますが、南米はとても暑いです。どれくらい暑いかというと、、、言わなくても察しが付くかと思います笑

 

そうです。南米、こと赤道付近においては位置が位置なだけに暑くて暑くてしかたがないのです。

 

ああ・・・南米は暑い・・・赤道付近は暑い・・・・

 

っは!

 

と、ここに新しい市場を見出した男がいました。

 

フレデリック・テューダーです。

 

「いや誰だよそれ」

 

とお思いの方もいるかもしれません。

 

ですから簡潔に説明しておきます。

 

フレデリック・テューダーは、湖でできる氷に価値を見出した男です。

 

もっといえばそれらを南米に運んで氷市場を切り拓き、巨万の富を築いた男です。

 

もっといえば「冷たさの歴史」の1ページ目に名を刻んだ男なのです!

 

 

フレデリックが変えたもの

フレデリックが北米から運び出した氷は魚市場から肉市場まで、あらゆる市場を一変させました。彼が変えたものといえば枚挙にいとまがありませんが、ここでは一つ例を挙げておきます。

 

肉市場

これは氷に価値が見出される前の話です。

 

当時、アメリカの北のほうで飼われていた食用牛の市場は極めて狭いものでした。

 

というのも肉が腐敗しやすかったからです。

 

どういうことか。

 

 

たとえば私たちは東京にいながら青森産の魚を口にできます。北海道産の牛肉を手に入れることができます。ごく当たり前のことですよね。

これはひとえにそれらが東京まで輸送されてくるおかげです。

 

しかし、当時のアメリカではそうもいきません。北方の牛をコンテナに積んで南米に運んだならば、南米に行き着くころにはすっかり腐ってしまうからです。

 

そのため、北方の牛は地元で消費する。できなければ即刻廃棄処分。

とこのように地産地消スタイルの北方の牛肉市場はそれ以上拡大するところを知らなかったのです。

 

そしてこれにくさびを打ち込んだのが、フレデリックもとい氷でした。

 

彼が湖からとってきた氷はすぐれた冷却剤としての役割を果たしました。南米までの輸送トロッコに肉塊とともに積まれ、はたして肉塊の腐敗を防いだのです。

 

フレデリックが北方の肉市場を拡大した瞬間でした。

 

 

と、以上で肉市場が拡大したお話はおしまいです。

 しかしこれはほんの一例にすぎません。

氷はほかにも冷凍庫や冷蔵庫にも用いられるようになり、たちまち南米の人々の生活を豊かにしました。まさに電球や蓄音機に並ぶ大発明、いや革命だったのです!

 

冷たさの歴史p.2「エアコン」

 氷を発明し、はれて「冷たさの歴史」の1ページに名を刻んだフレデリック。彼は自身の著でこんなふうに述べています。「後世において氷事業は永遠にすたれることはないだろう」と。

 

ところが悲しいかな、氷事業はすたれてしまいます。エアコンが発明されたからです。

 

エアコンの誕生

 エアコンが誕生したのは20世紀の初め頃でした。

 

当時(19世紀末~20世紀初頭)は熱力学の研究が盛んにおこなわれていた時期です。現在わたしたちが物理の教科書で目にする「熱力学」はほぼこの時期に出来上がったといっても過言ではありません。

 

たとえば

「一気に圧縮された空気の温度は上昇する」

「一気に膨張させた空気の温度は下降する」

 

このようなことがわかったのも熱力学の分野においてです。

 

f:id:porcorporationing:20190325004348j:plain

三重工業さんからお借りしました



 ところで、皆さんもうお気づきかと思います。

 

「膨張させたら温度が下がる?」

「圧縮したら温度が上がる?」
 

そうです。これこそがエアコンの原理なのです。

 

なんだ、ちょー簡単な話じゃん。

 

そうなんです、至極カンタンな話なんです。

 

であるがゆえに、「だれがエアコンを発明したか」ということを突き止めることは難しい。というのも、仕組みがあまりに簡単すぎて世界中の研究者やエンジニアが

 

「これ応用したらエアコンできんじゃね?」

 

という発想に至ったんですね。

 

エアコンの最初の発明は厳密にはフランスで起こったとされていますが、言ってしまえば世界中で同時多発的に起こった発明なのです。

 

かくしてエアコンは爆発的速度で世界を席巻することになります。

エアコンが変えた世界

 とここまでエアコンの誕生を紐解いてきました。

 

せっかくなのでこの誕生、および普及が世界にもたらした影響についても少しお話しておこうと思います。

 

人口移動

 エアコンが変えたものとはいったいなんだったのだろう。それは・・・

 

人口移動

 

でした。

 

どういうこと?

 

察しのいい方ならどういうことかもうお判りかと思います。

 

p.1「冷たさの歴史」でもお話ししたように

エアコンが発明される以前、赤道直下およびその付近といえばまさに灼熱地獄でした。

 

ところがひとたびエアコンが発明されるや否や、人々はそれらを赤道直下の灼熱地獄に持ち込んだのです。それは炎天下の中でも悠々自適に過ごせる快適空間が保証されたも同然でした。

 

となると待ち受けるのは人口移動です。

 

フロリダの例を話しましょう。

 

エアコンが発明される前、フロリダの人口は100万に届きませんでした。しかし、エアコンが普及しだすとその人口は1000万にまで跳ね上がったのです。人口はそれまでの10倍以上となり、結果としてフロリダはアメリカで4位の人口を抱える都市となったのでした。

 

つまり、快適空間で暮らしたい!そう考える人々が北方から南に移り住むようになったのです。

 

しかしこれで話は終わりません。人口移動が次にもたらすもの。それは政情の変化です。

 

人口が100万人だったころのフロリダでは選挙で当選する議員の大半はフロリダ出身というものでした。ところが、エアコンの普及以降、その大半が北方地域出身の議員に塗り替えられてしまったのです。

 

しだいにそれらは南米出身者と北米出身者の懸隔を生むに至ります。

 

 

つまり、エアコンの発明は人口を動かすだけでなく政治も動かしてしまったのです。

 

終わりに

 というわけでいかがでしたでしょうか。

 

「冷たさ」といえば私たちがごくごく自然のうちに享受している恩恵の一つです。しかしそれにも深い歴史が根差しており、また、その都度世界に変革をもたらしたという過去も持っています。

 

世間では何かと

 

エジソンが電球を発明した

 

とか

 

アインシュタイン一般相対性理論を発表した

 

といった出来事が取り上げられます。

僕は別にそれらが悪い風潮だとは全く思っていません。

ただ「冷たさ」の発明も注目に値するということはもう少しあってもいいんじゃないかな~と思うわけです。